増田望三郎@安曇野です。
みなさん、こんばんわ。


前回の通信を出したのが8月のはじめ。沖縄の旅に出る直前でした。
あれから2ヶ月。いろんなことが立て続けに起こり、激動の日々を送っています。

沖縄から帰ってきた週に、田んぼの畦の草刈をビーバー(円盤草刈機)で
やっていたところ、誤って自分の右足親指の第一関節から上を
切り落としてしまいました。
車椅子、松葉杖と不自由な日々を送ることになり大変でした。
また僕が何もやれなくなったので、悦子には子どもの世話に加えて、
僕の面倒もみてもらうことになり、頑張ってもらいました。

怪我の傷は癒え、今は無くなったこの状態の足で、身体に無理がない歩き方を
身につけようとしているところです。
長年一緒にやって来たものが無くなる、その喪失感をしばらく感じていましたが、
これぐらいで済んで本当に良かったとも思い、
このアクシデントも糧にして、前へ進んでいきたいと思います。


さて大きなアクシデントに見舞われることにもなった米作りですが、
作業ができなくなった分、ヒエ混じりではありますが、お米は立派に稔りました。
仲良くしている田んぼの隣に住むおばあちゃんからは
「よく育ったじゃん。」と言ってもらいました。

稲刈りも先々週、手伝いに来てくれた友人やおぐらやま農場のウーファーさんで、
賑やかな稲刈りとなりました。
面白かったのは、僕の田んぼ(正確には暁生と共同でやっている田んぼですが)を、
稲刈りする時は、平日であったのと怪我をしていたこともあり、
僕無しで進められ、週末の稲刈りは、暁生の田んぼの稲刈りが終わると、
また別のところへ行くというように、稲刈りキャラバンしました。

特に2枚目の田んぼは、最も近い仲間である松村・津村の田んぼではなく、
佐藤くんというやはり新規就農者の田んぼをやったのでした。
僕が呼びかけて援農に来てくれた人たちも、増田の田んぼだろうが、
誰の田んぼだろうが関係ない。みんなでワイワイと収穫を進める。
佐藤君夫妻もどんなふうに感じたでしょうか。

こんなふうにこれまでの友人ところだけでなく、
この地で新しく出会った人のところでも、こうして一緒に作業をやれることは
新しい展がりを感じ、嬉しい気持ちがします。
またまた風呂敷を広げますが、ひいては三郷地域の農業そのものを応援していく、
そんなことができないでしょうか。
応援をしようと街から来る人と、そんな人たちを迎え入れる村の人たちとで、
地域や街村一体の共存共栄の援農、新しい『結』が見えてくるような気がします。

肝心のお米、今はざがけをしていて、脱穀して新米を口にするまであと少しです。
これは本当に楽しみ。ご飯だけで食べてみたい。玄米でも。白米でも。


さらにもう一つ嬉しいことがありました。

昨日、松本で『ロハスで行こう!』というイベントがあり参加しました。
ロハス(Lohas)とはLifestyles of Health and Sustainabilityの略で、
健康で持続可能な暮らし方とでもいいましょうか。
増田ファミリーの暮らしぶりがロハスかどうかは分かりませんが、
実行委員をやっていたせいもあり、僕も自分のブースを出して、
今年初挑戦したお米づくりの様子をまとめた冊子
『僕は、自分で作った米を食う』
を作り、ブースに来てくれた人に渡しました。

すると今日
「冊子をもらって読みました。お米を分けてもらえますか。」
という電話があったのです。
こうやって公の場で、自分が一生懸命やって来たことを発信し、
そしてそれに応えて、食べてくれようとしている人がいる。
津村や松村君の作った農産物じゃないんですよ。僕のをです。
「脱穀が終わったら届けに行きます。」
僕は農家でもないんですが、生産する喜びを少し味わい始めた者として、
その喜びを分かち合ってもらえるのかもしれない、
そんな驚きと嬉しさの入り混じった未体験の感覚があるのです。

※小冊子『僕は、自分で作った米を食う』をご希望の方は
電子ファイルまたは実際の小冊子をお送りします。
(郵送の場合は、郵送代と製作実費を切手で送り返してください。)


怪我とお米の話題はここまで。
さて、次の話題が今一番の旬。


10月1日になり、僕らの暮らす三郷村と他の4町村が合併して、
安曇野市が誕生しました。それに伴い新市長選と新市議会選が行われます。
そしてこの市議選に、友人津村君が立候補したのです。
昨日16日が公示日で、23日の投票日に向けて選挙戦がスタートしています。

今回の市議選に限り旧町村単位の小選挙区で行い、
旧三郷村の定員数は5名に対して、立候補者は11名。
この11名のうち9名までが前職の方で、年齢も70才に届く人たちばかり。
これから新しい市を創り出していこうという時に、それを託す議員に、
若手や新風を送り込むような人がいないのが現状です。
また北小倉の産廃処理施設に対して、地元の反対者の意見を代弁してくれる
候補者もいなかったせいもあり、若手の津村君に白羽の矢が立ったのです。

三郷村は村長選挙や村会議員選挙などが無投票で決まり、
10数年間選挙が無かったところです。
また旧来の地縁・しがらみの強い地域でもあります。
そんな中でこの地に移り住んでまだ2年の津村君、地元に根付いてやってきたが、
いったいどれだけ戦えるのか。
それでも孝夫本人も、よしやってみよう!と意を決したのだから、
こちらも応援するしかありません。
僕も朝はチラシのポスティングや夜な夜な戦略会議に出かける日々です。
津村君の応援を通して、選挙や政治というもの、そして何より、
この地域のことが、良くも悪くもリアルに感じています。
さて、この安曇野三郷地域に、新風を吹かせることができるのか。



充実した沖縄の旅の直後に待っていたアクシデント、そして津村君の選挙戦。
落ち着かない日々が続きますが、今年の秋はこんな秋なのでしょう。
選挙が終わる頃には新米食べて、津村君の当選を祝って、
そして、宿の舞台も何とか当たりがついて・・・といきたいものです。




長文を最後まで読んでいただきありがとうございました。
読んでの感想やご意見・アドバイスをいただければと思います。
メール boetu@d6.dion.ne.jp