安曇野地球宿プロジェクトのホームページをご覧になって頂き、ありがとうございます。
当プロジェクトの主宰増田望三郎(ますだぼうざぶろう・本名)です。

このサイトは宿泊施設としての『安曇野地球宿』の紹介・ご利用案内と、
東京から安曇野にアイターンした増田ファミリーの農的生活や家族の暮らし、
そして地球宿から展開する様々な人の繋がりや活動を紹介しています。

『地球宿プロジェクト』としているのは、地球宿が単なる宿泊施設ではなく、
地域や国内外の人たちと繋がり、
嬉しいこと、楽しいこと、幸せなことが展がっていく活動をしたいと言う願いからです。

そんな願いから、いろんなイベントをやっています。
詳細は地球宿イベントブログをご覧になり、興味ある方はご参加下さい。

もちろん観光など通常の宿泊も、もちろんOKです。

気軽にメールを下さい。そして気軽に地球宿に遊びに来てください。
お会いできるのを楽しみにしています。

                     2013年1月 安曇野地球宿 増田望三郎
                    (メールする場合は名前をクリックしてください。)



ごあいさつ

「共に生きていこう」
 〜安曇野に移り住み、地球宿を営んで〜


安曇野に移り住んで早くも丸5年が経ち、6年目の春を迎えている。
そもそもこちらへ移住したのには2つの理由と目標があった。

1つ目は生産のある暮らしを送り、その中で子育てをしようということ。
東京暮らしは消費一辺倒の暮らしだった。スーパーに行けば、お金さえ出せば何でも手に入る。
便利なようで、消費しかない暮らしというのはとても味気ないものだった。

安曇野に移り住んで最初の日曜日に僕たちはお借りした小さな畑に作物の種を播いた。
我が家の食卓に初めてのぼった自家製野菜は『はつか大根』だった。
その夜、妻が嬉しそうに、「我が家で獲れたはつか大根で〜す。」と言った。
我が家の生産のある暮らしのスタートだった。
以後、2年目にはお米を作り始め、小麦、大豆、蕎麦、エゴマ、各種夏冬野菜など、
僕たちの農的生活は充実していった。東京時代には得られなかった喜びと暮らしの手応えがそこにはあった。

2つ目は生産のある農的な暮らしをベースにして、日本中、世界中から迎え入れ、
人と人とが出会い、心を通い合わせることができる宿(=地球宿)を創ろうということだった。
しかし移住してすぐに宿ができるわけでもない。まずは生計を立てて行かなければならず、会社勤めをした。

働きながら、安曇野界隈を始め、遠くは大町や生坂などいろんな地域を見て周り宿物件を探した。
またこの間、地元内外の人たちと出会うことを大切にし、その都度自分の夢を語っていった。
ハード(宿泊施設)よりも、肝要なものはソフト(中身)と思い、宿を始めるまでの準備期間に、
自分なりの宿の構想やコンセプトを明確に描き、またそれを語ることで
共感・応援してくださる方々が「仲間」として増えていった。

安曇野暮らしも3年目が終わる頃、ご近所の方から、
「望三郎さんがやりたいという宿があの家でできるんじゃないか?」
と声をかけて頂いた。おばあちゃんが一人暮らしをされていて、お亡くなりになった後の空き家を
紹介して頂き、大家さんの理解と応援で、地球宿を始める物件がついに見つかった。
資金もないため、大きな予算での計画も立てられず、地元で眠っているような古家を
お借りするしかなかった訳だが、まさに望んでいる形でご縁を頂いた。
妻とはこうやって声をかけて頂けるのに3年間必要だったんだね、
そんな暮らしをやってきたんだね、と喜び合った。

お借りした古家を宿として活用するための改修が始まった。
娘が通う地元の保育園の親御さんの中に大工さん、建具屋さん、塗装屋さん、
そして頑張って自分で家を建てている人がいた。どなたも安曇野に移り住んで出会った人たちで、
子育てを通じてママ同士が仲良くなり、そしてパパたちも仲良くなっていった。
夏には一緒にキャンプをしたり、一緒に食事や酒を飲んだりしては、
お互いのことを知り合い、家族のようにつき合えるようになっていた。
そんなパパさんたちが、みんなでやろう、と応援協力してくれて、改修は進んでいった。

またインターネットを通じても、「古家を改修して宿をつくるので一緒にやろう!」と呼びかけてみたところ、
数十名もの初顔合わせの人たちが東京や大阪などから集まってきてくれた。
移り住んでから4年目の夏に宿を開業した。
結果ではなく過程こそを大事にしていこうと思ってやってきたが、まさに中身ある過程があって宿が生まれた。
そうやって出来上がった地球宿はいい意味で増田家の手を離れて、仲間たちのための場になった。
僕はそんな地球宿を宝物のように感じた。

生産のある暮らしをするというのが妻の願いであったのに対し、心を通い合わす宿をするというのは
僕の強い願いだったが、移住するにあたって抱いていた夢が織り成し合って実現した。

地球宿は増田ファミリーの送る農的生活の充実と喜びをベースにして、
ゲストを家族や仲間のように迎え入れている。
もし仮に僕らが農的生活を送っていなければ、増田家の暮らしもあまり東京時代と変っていないもの、
また宿をやっても、内実が伴わないものになったのではないか。
その意味でも、これからもベースとなる生産のある暮らしを大切にしていきたいと思っている。

最後に安曇野について。
安曇野に一年暮らすたびに、この地域を愛している自分を自覚している。
北アルプスを背景に、そこに展がるこの平は僕の夢舞台だ。
四季折々の自然の移ろいとその自然に人為を足して調和していこうとする人々の暮らし。
そして農業だけでなく、そこに集まり、生きているたくさんの夢や志を持った人たちの群像。
そう、「群像」というにふさわしい、素敵な人々がたくさん生きている。
そんな人たちと今日も出会い、お互いの息遣いを感じ合いながら、
楽しいことは一緒に分かち合い、大変なことは応援し合って生きている。

ここで生きていくことが嬉しい、楽しい。この安曇野には幸せの風が吹いている。
この幸せの風に吹かれながら、今日も僕は畑に出、仲間と語り、そしてゲストを迎え入れる。

「共に生きていこう」これが、僕の今の思いであり、地球宿の本旨でもある。

                      2009年4月19日 安曇野移住6年目の春に記す
                            安曇野地球宿プロジェクト 増田望三郎





家族・地球宿スタッフのプロフィール
            2013年1月現在

♪増田望三郎・悦子・風・光ファミリー
生産のある農的な暮らしのなかで子どもを育てたい。
そして、その喜びの中で、人が出会い、心を通い合わせることができる宿をつくりたい。
そんな夢を描いて、信州安曇野に移り住んで丸9年が経ちました。
夕食作りスタッフに地元の仲間を迎えたり、妻悦子の両親も移り住んできたり、
安曇野で暮らす賑やかな日々を楽しんでいます。

♪望三郎 Bouzaburou
大分県出身、43歳、安曇野移住時から4年の会社勤務を経て、宿業で独立6年目です。
特技:ヒッチハイク
性格:単純、素直
夢:地球宿を光り輝く、心照らす宿にしていくこと。
  たくさんの仲間を迎え入れ、そこから展開する応援協力のコミニュティの創造。
好きな映画:大脱走、カサブランカ、天使はこの森でバスを降りた
10代、20代、30代と思い切り生きてきて、それで培ったものをベースに、
地球宿づくりを人生のライフワークにしようと決心。
家族も仲間も居て、地球宿という舞台もできて、後はやるだけ。
でも、どんな時も自分自身を心静かに内省できる自分でありたいと思っています。


♪悦子 Etuko
千葉県出身、39歳、ホームヘルパーと地球宿アドバイザー及び時々宿の食事作り
特技:体力仕事
性格:素朴・あっさり
好きなこと:カフェでゆるゆるとすること。朝ゆったりとコーヒーを飲みながら、新聞広告に目を通すこと。
夢:農のある暮らしのなかで、子育てをすること。
地球宿の立ち上げ時に、子育てと食事作りに尽力してくれた。
2009年度からは夕食作りの役割を終え、ホームヘルパーの仕事を始める。
妊婦さんや子育てママさん、高齢者など大変レベルの高い人たちへのお世話に気持ちが向かう。

風 Fuu
東京生まれ、11歳、小学校5年生
特技:お菓子作り。
好きな食べ物:野菜
本人の強い希望で、5年生の9月から地元公立小学校から、
山梨の『南アルプス子どもの村小学校』に転校。平日は寮に入り通学、週末は安曇野に戻る生活。
10歳にして人生最初の巣立ちを行う。将来の夢はパティシエになること。

♪光 Kou
信州安曇野生まれ、7才
性格:とてもデリケート。マイナス志向のところあり。
好きなもの:ウルトラマンなど

心根が優しいのか、非常に繊細でデリケート。大舞台や特別行事が苦手だが、
足が速くクラスのリレー選手になって頑張るなど奮闘も目立つ。
小学生になりサッカーを始めた。

♪大田原一宇 kazue Ootawara
悦子の親父さん、70才
仕事:塗装一筋50年の職人さん。
特技:仕事全般。火を起こすこと。
強面ですが、やさしく、心意気ある人です。2009年秋から安曇野に移り住んで来てくれました。
塗装や塗り(左官も含む)の仕事があれば、安価でお受けします。


♪大田原峰子 Mineko Ootawara
悦子のお母さん、63才
特技:家事・生活全般、どんなことでもきっちりやれること。
あのお父さんに長年連れ添ってきただけあって、人生を達観しています。
悦子もこのお母さんの娘なら、安心です。


♪地元のママたち
曜日代わりで地元のママたちが、地球宿の夕食作りをしてくれています。
そのバラエティさが地球宿ならではの魅力を作り出してくれています。


♪ブチ Buchi
友人農家おぐらやま農場の番犬リオが産んだ3匹のオス犬(父親は分からず)の1匹をもらい受ける。
半年にしてこの大きさか、と言うぐらいの成長ぶり。
ちなみにブチは長男、次男にしろべえ(大浜家)、三男にピース(西大ちゃん・絢子)がいる。

♪ポア
我が家で飼ってるハムスター。ポアポアしてる。






安曇野地球宿プロジェクトのこれまでの経過です。(2012年1月現在)

・2003年春  信州安曇野を舞台に、地球宿を開くことを決心。
・2004年1月 東京時代にウェブサイト『安曇野地球宿プロジェクト』開設。
・2004年4月 東京都町田市より長野県三郷村(現安曇野市)にアイターン、
         信州安曇野での暮らしがスタート。
・2004年5月 我が家を開放しての『カントリーイン増田家』をオープン。
・2005年4月 安曇野に暮らして1年。信州での初めての冬を越し、春を迎える。
         この地でやっていく手応えを掴む。
・2005年5月 増田ファミリー第2子『光(こう)』誕生。信州安曇野産の子。
・2005年3〜10月 初めての米づくりに挑戦。
・2006年8月 『夏のワークキャンプin安曇野〜夢追い人になろう〜』の開催
・2007年2月 移り住んだ三郷小倉地区に、築80数年の古民家賃貸物件が見つかり、
         この家で地球宿を開くことに決定。
・2007年3〜6月 友人仲間たちと改修をスタート。
           GW時に地球宿づくり合宿を行い延べ30人近くが集まる。
・2007年7月 地球宿オープン。まずは週末のみの営業。
・2008年4月 会社勤めを辞め、宿業と農業に専念。地球宿全日営業へ。
・2008年9月 地球宿1周年イベント
2009年4月 地球宿の夕食作りが悦子から、友人雅ちゃんにバトンタッチ。
・2009年9月 悦子の両親が千葉から安曇野に移り住んでくる。
         これを機に、宿と増田ファミリーの暮らしを分け、親子3世代で暮らし始める。
・2011年10月 開業4周年

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